<再投稿 82歳が弾く「鳥の歌」に88歳が感動の涙>>
- 2020/09/02
- 17:28
【昨年6月末にFC2ブログを開設しましたが、その前は北海道新聞社の「道新ブログ」に投稿していました。 「道新ブログ」は、6月25日がブロガーの最終投稿日で、6月30日に終了しました。】
【道新メディア局の道新ブログ担当者は、終了になる少し前、小生が投稿した膨大な量のデータを送ってくださいました。 懐かしい思いで読み返していましたら、まだ読んでいない方がおられるかもしれないと思い、少しずつ選んでご紹介したくなりました。 お楽しみ頂けたら幸いです。】
※ 2019年2月21日に、横浜から始まった本州チャリティコンサートツアーの最後の公演が、同年3月4日に、三重県四日市市のお寺、 「大師之寺」 の本堂で行われました。
14:00から追悼供養が行われましたが、それには小生も参列してお祈りし、コンサートは14:30 にスタートしました。
チェロを持ち、本堂の中央に進み出て、ご本尊様に一礼し着席すると、パイプ椅子で40席ぐらい設営された客席、小生の目の前の最前列には年老いた男性と、ご婦人がおられました。
そのご婦人が、演奏前にお声がけくださったのにはびっくりしました。 『今日を楽しみにお待ちしていました。 北海道から来てくださってありがとうございます。 こちら、父です。 88歳になりました。』
写真:前列右端と、そのお隣が父娘。
ステージと客席、初対面の奏者と聴衆が、演奏前に会話を始めるが珍しい光景でした。
" 1964年だったと思います。 東京オリンピックの年でした。 20世紀の巨匠パブロ・カザルスは国連の会議場でチェロを弾きました。 その時カザルスは87歳になっていました。 『私の故郷、スペインのカタルーニャ地方の小鳥たちは、ピース、ピースと鳴くのですよ。』 世界の平和を願うカザルスは英語でこう言うと 「鳥の歌」 を弾き始めました。"
コンサートの冒頭、小生が聴衆にこう語りかけると父娘は感動の声をあげ、「鳥の歌」を弾き始めると、お二人は涙を流して聴いておられました。
88歳の父と明るく屈託のない娘さん。 曲の間でも時折り小生に話しかけてくる娘さん。
小生は、コンサートが長くなり過ぎると皆が退屈すると思い、" たくさん弾きました。 そろそろアンコール曲を1曲弾いて幕にしましょうかね。" と言うと、
『もっともっと弾いて。 曲は何でもいいから。』 と娘さん。
結局2時間近く弾きまくり、終演になるとお二人は小生のところにこられました。
『実は私、 「鳥の歌」 が聴きたくて。 アンコールでお願いしようと思って来ました。 そうしたら何と、国連でカザルスが弾いたお話しをしてくれて、最初に弾いてくださった。 私、もうビックリを通り越して感動で涙が止まりませんでした。』
82歳が弾く 「鳥の歌」 に、88歳が感動の涙!
涙を流した88歳は水谷直仁さん、旅公演が終わり、帰宅してパソコンを開けると小生のブログに水谷さんからコメントが入っていました。
土田英順樣
大師之寺も、直にチェロ演奏をお聴き致しますのも初めてでした。
震災8年目のチェロのお話し、音色に、やはり涙は止まりません。 忘れないことが大切、でも忘れないでいつかは涙なしに聴けることが出来ますように。
古稀間近の男より (娘さんは確かに88歳とおっしゃいました。 水谷さんは、古稀と卒寿を思い違いなさったのかもしれません。)
”水谷さん、先日は「大師之寺」にご来場くださいましてありがとうございました。 コメントも戴き嬉しいです。 東日本大震災だけでなく、震災で困っている人たち、貧しい家庭の子どもたちに心を寄せ、手を差し伸べる活動を続けています。 私は若くないですが、身体が続く限り今の活動を続けて参りますので、どうぞよろしくお願いいたします。 来年も「大師之寺」へ行きますよ。”
土田様の奏でられるところからは、辛い涙は喜びの涙に変わり、子供達は愛情に溢れ育つ情景が浮かびます。 来年だけでなくて、更に歳を重ねお聴きに上がります。
”水谷さん、本州の旅公演から北海道に帰り、昨日は美しい湖がある洞爺湖町の「山美湖ホール」で、北海道胆振東部地震で被災された方たちを支援するために、チャリティコンサートを行ないました。”
”今週土曜日には被災した3町のうち、2町へ行って町の人たちを見舞い、励まします。 きっと喜んでくれると思います。 人が喜んでくれると私も嬉しくなります。”
☆ 2019年3月8日と9日に更新したブログを、1本にまとめました。